第一歌集「オメラスへ行く」取扱い情報
『オメラスへ行く』 典々堂/2025年9 月30日発行 作者:穂崎円 栞文:岩川ありさ、佐藤弓生、東直子 帯文:服部真里子 装丁:紙屋 装丁等は こちら から確認できます。 ※著者が把握している範囲での記載になります(2025.12現在)。実際の在庫状況は各店舗に確認・問合せくだ...
重い雪 (文学イベント北陸短編集寄稿)
除雪車の風の気配に目覚めれば無人の道に雪は踊って ニット帽まぶたのようにのしかかりあなたのいない視界はしずか 海鮮に上がる歓声 チャンネルを変えても変えても光ばかりだ 傘の芯腕で殴れば傘布をゆっくりずれていく重い雪 信号が青になるまでだけでいい(電柱のスコップは雪かき用です)...
リーディング、または小さな石の愛で方について
……その小さい緑の古宝玉は(中略)而して時と処とわたしの気分の相違により、ある時は桐の花の淡い匂を反射し、また草わかばの淡緑にも映り、或はあるかなきかの刺のあとから赤い血の一滴をすら点ぜられる。(北原白秋「桐の花」より) 「#リプライされたCPのイメ短歌イメ俳句をツイートす...
Anuna Francis_Ledwidge translation
八月 (August, Flancis Ledwidge)私訳
八月 日の始まりの薄暗がりにやつてくる 刈り入れの歌の黄に重なる光の白さ 露に濡れた虹踏みしめる その美しさ力強さ 目蓋をもたぬ真昼の瞳が 刈られた小麦を踏む足を焼き 日がな一日、その鳶色へ口づけるに相応しい 落穂に埋もれるコオロギの頭上 積み藁の列の中に...
Fair is foul, and foul is fair――佐々木紺の透視する目(第十三回北斗賞 佐々木紺『おぼえて、わすれる』を読む)
Fair is foul, and foul is fair: Hover through the fog and filthy air. きれいは汚い、汚いはきれい。 飛んで行こう、よどんだ空気と霧の中。 “Macbeth” Act1,Scene1 A desert place...
しづかに、モイル (Silent, O Moyle, Thomus Moore)私訳
しづかに、モイル しづかにモイル、轟く水よ 風よやすらかに乱れてはならぬ 悲嘆にくれしリルの娘が星ぼしに 鳥に変じて彷徨へるおのが苦難をささやけり 絶唱をへし白鳥も羽をたためる闇のなか いつかやさしき眠りへつかむや 天上の鐘のやさしく鳴りわたり いつか吾を恐ろしき地上より...
(記録)「短歌・俳句・連句の会でセクハラをしないために」、及びそれに関する短歌研究社とのやりとり等について
2019年から2022年にかけての高松霞さんによるプロジェクト「短歌・俳句・連句の会でセクハラをしないために」、及びそれに関する短歌研究社と高松さんとのやりとり等について、後年の検証用にまとめました。 以下は全て、2023年2月1日現在、 オンラインで収集できる情報によるものです...
メタフィクションによる「あなた」への一撃――小松岬「しふくの時」について
「しふくの時」(作者:小松岬)は第65回短歌研究新人賞候補作品である。30首からなる短歌連作であるが、短歌研究2022年7月号には一部の歌のみ抜粋して掲載(抄録)された。同賞の選考委員は加藤次郎、斉藤斎藤、栗木京子、米川千嘉子の4名、またこの時の大賞はショージサキによる連作「Li...
まぎれて生きる・ちょっと遠くからの距離――松本てふこ『汗の果実』について(読書会発言メモ)
1.きみともあなたとも呼ばないひとへのエール 花は葉にまたねとうまく笑はねば (p16) 問ひかける言葉ばかりの賀状書く (p36) 飛花落花名を呼ぶといふ激励も (p76) 雪道を撮れば逢ひたくなつてをり (p119) 励まされつつマフラーを巻かれつつ (p145) ...
美とエゴとの往復運動の間に――鷺沢朱理『ラプソディーとセレナーデ』感想
「さやうでございまする。私は総じて、見たものでなければ描けませぬ。よし描けても、得心が参りませぬ。それでは描けぬも同じ事でございませぬか。」 芥川龍之介『地獄変』 より この文章の概要: 鷺沢朱理の歌集『ラプソディーとセレナ...
「コーポみさき」は小説化できるか ーー短歌と小説の叙述について
※この記事は角川短歌2018年11月号掲載の短歌連作及び第64回角川短歌賞選考座談会の内容を一部引用しています。 (初出・2018-11-07)
おはなしを、あるいはエッセイの定義について
伽鹿舎 の主催するWeb文芸誌「片隅」へのエッセイ執筆についてはメールで依頼が来た。テーマや形態は自由、いつも書かれているような感じでお好きなことを……という文面を見て最初に思ったことは連載なんて自分にできるだろうか、でも、一体何を書けばいいだろう、でもなく、そもそも自分は依頼を...
いつか、パディントン駅で
クリスマスについて王国で一番詳しいのは多分カトンだった。 ベアが歌いだすのが合図なんだって。 棚の奥で眠るわたしを起こそうと、耳元でカトンは囁く。八月になると王国にはベアが産まれる。毎年毎年生まれるのに、服や顔はその年ごとに違うらしい。どこからか現れて国中を埋め尽くし、やがてず...
たったひとりのパラレルワールド、あるいは音楽の効用について
年末年始のテレビはどのチャンネルでも専用の特集番組が組まれている。いろんなチャンネルがあるのに毎年決まったものしか見ていないことに気付いたのは、きっとSNSを始めてからのことだった。見たこともない番組について楽しそうに話す声が、その番組を毎年見るのが当たり前であるかのような声が液...
遠い水、神義論と対峙する「私」ーー服部真里子『行け広野へと』について
わたしが来たのは地上に平和をもたらすためだと思ってはならない。平和ではなく、剣をもたらすために来たのだ。 (マタイ福音書10章34節) ○経緯 2015年9月20日に開催された歌集『行け広野へと』(服部真里子)批評会では後半の会場発言の時間、この歌集について筆者もコメントさせ...