トーマス・マクドナーへの哀悼 The Lament for Thomas MacDonagh(Where All Roses Go、Francis Ledwidge)私訳

2023年6月5日月曜日

translation

トーマス・マクドナーへの哀悼 (この世の薔薇のゆくところ)


ゴイサギの叫びも聞こえはしなかったろう
荒れた空の下、死へ近づいてゆくそのとき
優しい鳥の歌を雲の上で聞くこともなかったろう
物悲しい雨のせいで


斜めに降る雪の合間から鋭い号令を鳴らし
混乱したラッパ水仙たちの
黄金の杯を燃えあがらせる
騒がしい三月の訪れも知らなかったろう


けれど荒れ地の痩せた草を食みつづけ
立ち去った黒い牝牛が
明け方、牧草地で満足げに角を掲げる
その低い鳴き声を、あるいは男は聞いただろうか 


(北風のなか、雪とともに集った燕たちも
 やがて南へ羽ばたいていく
 若者の口から零れた赤い薔薇さえ
 この世の薔薇のゆくところへ吹き寄せられていく)


詩の原文はこちら

作者であるアイルランド詩人フランシス・レドウィッジ(Francis Ledwidge)はこの詩に「The Lament for Thomas MacDonagh」とタイトルを付けていますが、ボーカルグループAnunaの主催Michael McGlynnはこの詩に同じ詩人の別の作品「June」の末尾のフレーズを付け足しメロディーをつけ、「Where All Roses Go」と題して発表しています。曲はyoutubeでも公開されています。

拙訳では()内に記載した部分が「June」末尾のフレーズになります。「June」全文はこちら。レドウィッジは「August」「May」など、月の名前をタイトルにした詩をいくつか作っているのですが、いずれの詩も春から初夏の月を女性に擬人化して讃える内容という印象です。

「June」最後の数行について以下、途中からになりますが、Michael McGlynnが付け足した部分の少し前から引用します。作品内で描かれる風景や全体のテンションがかなり異なること、それによって最後の、若者の口から零れる薔薇や、吹き寄せられる薔薇の印象がかなり変わることはご理解いただけると思います。


And we must joy in it and dance and sing,
And from her bounty draw her rosy worth.
Ay! soon the swallows will be flying south,
The wind wheel north to gather in the snow,
Even the roses spilt on youth's red mouth
Will soon blow down the road all roses go.


(拙訳)
われらは6月を楽しみ歌い踊らねばならぬ
その賜物からばら色の富を受け取って
そうとも! 北風のなか、雪とともに集った燕たちも
やがて南へ羽ばたいていき
若者の口から零れた赤い薔薇さえも
この世の薔薇のゆくところへ吹き寄せられていく


タイトルにあるトーマス・マクドナー(トーマス・スタニスラウス・マクドナー)はレドウィッジと交流のあった詩人であり、同時に政治活動家、革命指導者でもありました。1916 年のイースター蜂起の 7 人の指導者の 1 人、アイルランド共和国宣言の署名者でもあります。
1916年4月24日から4月30日にかけて起きたイースター蜂起について、マクドナーが指導者として参加したのは比較的遅かったようですが、蜂起後、彼は軍法会議により銃殺されます(1916年5月3日、享年38歳)。処刑のために独房から連れ出される際、マクドナーは口笛を吹いていたというエピソードが残っています。なお彼の死に際してはレドウィッジの他、イェイツも詩を書いています。
レドウィッジはイースター蜂起を知り、酷く落胆したと言われています(参考)。

マクドナーの死の背景や銃殺された時期を踏まえると、第2パラグラフにある3月の号令や雪や水仙などは、作者レドウィッジが今まさに見ている花や雪の景色というよりは、蜂起するアイルランド人の姿が重ね合わせられたものである……そう読んでも的外れではないように思います。


wikipediaによればイースター蜂起指導者達の処刑はアイルランド人の感情を刺激し、これによりアイルランド独立の機運は急速に高まります。これを受け、1917年4月にはシン・フェイン党による会合が開かれており、こうした動きを従軍で各地を転々とするレドウィッジも把握していたでしょうが、彼自身は1917年7月、フランスで戦死することとなります。


初出 https://www.tumblr.com/rhymeandriddle-blog-blog/627395552373620736/%E4%BD%9C%E6%9B%B2michael