アイルランド (Ireland, Francis Ledwidge) 私訳

2023年6月4日日曜日

translation

アイルランド


おまえを森と渓谷のうつくしい名で呼んだとき
幼いわたしの声におまえは応えず
古代の英雄に熱狂し
大神率いる軍勢を求める声にばかり耳を傾けていた


わたしは風すさぶ高みまで飛び嘆き叫んだが
おまえは風に耳を傾けず
飛び立つ小さな船や
残された丘の嘆きに耳を傾けるばかりだった


わたしはすすんで武器を取り
おまえから離れ、言われるがままに戦場を彷徨った
その先におまえを見出し
おまえの魂を守り死ねればと


いまおまえがわたし達を呼ぶ 遠くから近くから
歳月の大海のむこうから冠を運ばせるために
わたしは悲しみに暮れている
こんなに遠く離れておまえの声が聞こえない

  

原文はこちらを参照。
フランシス・レドウィッジ(Francis Ledwidge 1887-1917)はアイルランドの詩人。イェイツなどとも交流のあった詩人でしたが、第一次大戦中に戦場で若くして亡くなりました。


民族主義の時代であった第一次大戦前夜、アイルランドにおいても宗主国イギリスからの独立運動は激しくなっていました。
第一次大戦勃発に際しアイルランド自治法が成立(ただし施行は保留)しますが、宗主国の大戦への参加に際し、アイルランドがどのような態度を取るべきか(自治法のことも考慮して宗主国に協力し従軍するか、協力を拒否するか)については意見が割れます。そもそも宗主国イギリスは遠い敵国ではなく、自身の生まれ育った国という意識のアイルランド人も多かったでしょう。
レドウィッジは祖国の地位向上のため、宗主国イギリスの兵士として従軍することを選択しましたが、これをどう評価するかは彼の死後も意見が分かれる(批判的な意見も多い)ところのようです。



第一パラグラフ3、4行目原文は以下の通り。


And you were listening for the hounds of Finn
And the long hosts of Lugh.


Finnとは神話の英雄フィン・マックールのこと。彼及び彼の率いるフィアナ騎士団の功績を主題とする散文と韻文の集合をフィン物語群またはフィニアンサイクルと言います。オイシンは彼の息子の吟遊詩人。(参考
一方、秘密結社フィニアン(Fenian,フィアンナの戦士団の意。正式名称はアイルランド共和主義者同盟(Irish Republican Brotherhood、略称IRB))とは、19世紀後半からアイルランド独立運動を進めた秘密組織の名でもあります。1867年の蜂起失敗により弾圧されましたが、その後も後進グループの活動は続き、1914年のイースター蜂起もこの後進グループによるものでした(参考)。レドウィッジの中では彼らの存在も念頭にあったでしょう。

Lughはアイルランド神話の太陽神。wikitionaryでは"as a hero and High King of the distant past"と説明されています。hostsはここでは軍隊の意味として取りました。(参考


第2パラグラフ3行目は ”For you were listening to small ships in flight”。
small shipsは飛行機と取りました。なお第一次大戦において、イギリスは世界初の雷撃機を製造しています。


第3パラグラフ3、4行目の原文は以下の通り。


To find you at the last free as of yore,
Or die to save your soul.


3行目、直訳すると往時の最後の自由にお前を見出すために、といった感じになりますが、最後の自由、last freeとは兵士になるか否かの(レドウィッジの)個人の選択の自由と解釈しました。


第4パラグラフ、1、2行目の原文は以下の通り。


And then you called to us from far and near
To bring your crown from out the deeps of time,


3行目の"the deep"は詩語でわだつみ、海原の意味です。
"crown"は国家独立、歳月の海の向こうから(from out of)それがやってくるのはアイルランドの宗主国が海の向こうにあること、宗主国を戴かなかった時代が遠い昔のことだからだろうと解釈しました。


初出・https://www.tumblr.com/rhymeandriddle-blog-blog/704945744641130496/ireland-francis-ledwidge?source=share