林檎の木々の花の真白を通りすぎ 風は谷間でささやいていた
榛の木に鳥は歌い あのひとはやってきたのだった
*あのひとのくれた赤いばら一輪、夜明けに濡れていたスミレ
わたしの託した白いばら一輪
(愛するおまへの道のりがだうか無事であるやうに)
(愛するおまへ その不在を癒やすものはこの世のいづこにもあらず)
(戻つておいで わたしをむごい場所に置き去りにしたおまへ)
山には柔らかな雨が降り 海には冷たい風が吹く
わたしは悲しみにくれ言葉もなく待っていたーーもう鳥の歌は聞こえない
*Repeat
the white rose(歌詞全文)
the warm wind whispered in the valley through the pure apple blossom on the trees.
the black bird sang in the hazel and my love he did come to me.
*He gave to me a red rose, and violets dew’d with the dawn
And I gave to him a white rose,
(that you my love would go safely)
(walk my love, there is no healing to be had but that of death)
(walk my love, you left me in a terrible state)
the soft rain falls on the mountain and the cold wind blows on the sea
I have waited in sorrow and in silence; I no longer hear the blackbird’s melody.
*Repeat
『The white rose』はボーカルグループAnunaの曲。動画はこちら。歌詞はspotifyで公開されていますがわかりにくいため本記事では原文を合わせて掲載しました。なお()内記載の歌詞は実際にはゲール語であり、ここにはその英訳を掲載しています。
ゲール語と英語が混在しているこの歌ですが、作曲者等について見るとIrish language text traditional, music and English text by Michael McGlynn、となっています。
つまりこの歌のゲール語部分はアイルランドの古い文言、英語部分は1964年生のMichael McGlynnによるものです。このため拙訳ではゲール語部分は旧仮名、英語部分は新仮名で記載してみました。とはいえ曲としてはゲール語部分も英語部分も特段歌い方のトーンが変わったりするわけではなく(むしろ英語のAnd I gave to him a white roseというフレーズを補うようにゲール語の(that you my love would go safely)というフレーズが響いたりします)、両方の歌詞を併せた全体として、古い、おそらくは中世頃のアイルランドの風景や世界観を表したいのだろうと思われます。
ゲール語部分の歌詞(の英訳)は以下の3フレーズです。
that you my love would go safely
walk my love, there is no healing to be had but that of death
walk my love, you left me in a terrible state
このうち ”that you my love would go safely (go dteigh tu a mhuirnin slan)” については有名なトラッド、『Siuil a ruin』に近い言い回し(Is go dte tu mo mhuirnin slan)が登場します。当blogのsiuil a ruinの私訳記事では「その道のりよ無事であれ」と訳している箇所になりますが、これは(おそらく後年書き加えられたと思われる)戦地へ赴く恋人の無事を祈る歌詞として登場するものです。
“walk my love, there is no healing to be had but that of death”については、ゲール語歌詞でgoogle検索しても似た文章は見当たりませんでした。
が、英語テキスト"there is no healing to be had but that of death"で検索すると、アイルランドの墓石に刻まれた言葉として"Death leaves a heartache no one can heal, love leaves a memory no one can steal."というフレーズがヒットします(例えばこちらなど)。
もちろんこれだけで断言することはできませんが、この歌で引用されているフレーズもおそらくは墓碑銘、死者に捧げる言葉ではないか……と想像することは、言葉の内容からしてもそう的外れではないのではないか、と思います。もしそうだとすれば”walk my love, you left me in a terrible state”も同様でしょう。
なお、"walk my love"というフレーズの個人的な解釈については以前こちらに書かせていただきました。
『Siuil a ruin』では兵士となった恋人を見送る言葉、あるいは恋人にさらってほしいと希う言葉として訳されるのがほぼ定訳になっているようですが、墓碑銘の言葉(と解釈しても問題ないようなフレーズ)とセットで使われていることからしても、死者への呼びかけの言葉として捉えるのがやはり適切なのではないか、と思います。
遠方(おそらくは戦地)へ赴く人への見送りの言葉と、おそらくは墓碑銘と。
引用された古いゲール語の文言は3フレーズのみですが、この3フレーズにより導かれるストーリーは明らかです。
一番と二番の間にどれだけの時が流れたかはわかりませんが、英語の歌詞で描かれる女性は具体性の薄い茫洋とした春の景色のなか、恋人の男性との花のやり取りの記憶だけを抱いて立ち尽くしています。こちらで言及した、男性作家によって描かれる受け身で無力な女性像の系譜がここにもまた現れていると言えるでしょう。