ホールケーキ切り分けたのはどなたの手 国境線を渡る鳥たち
トランクを開ければすでに干上がってもう語られぬ係累達よ
燃え落ちる星の色彩 沈黙は図鑑になるほどあるとも言うね
最初から雌しべは取り囲まれていて逃げることさえできなかっただけ
触れることの暴力・無力 指先で点字をなぞる 逆からなぞる
どの檻がうつくしいかも選べずに雨はひかりを滲ませていた
雑踏が好き。臓器の奥の海鳴りが溶けだしていく海原だから
身に付けて運べるだけの財産を思えばインカの
確かめる権利があると言われては身体の中を塗り潰されて
まぼろしは別のまぼろしへと変わり薄桃色の紙幣をつまむ
Ze, Zie, Xe, E, Ey, Fae, They 夕焼けの国に国境はありません
役所への申告なしに持ち込める百の言葉を数えて仕舞う
ウィングと呼ばれる長い回廊の風切り羽のあたりにいるよ
触れるほど金色になる身体などみっともなくて蹲る獅子
花首も花もひかりへ伸ばされて断頭台の前の静けさ
そんなにも骨を軋ませ立つ身体その内側が聖堂ですね
トランクの重み遅れて傾いて多重録音みたいにひとり
身体にはたましいがありたましいに金の耳標を付けたのはだれ
ないことになるはずはなく薄明ににごった水の匂いがのぼる
女の子の流す血みたい。ベランダに最初に咲いた薔薇切り落とす
どの舌も長い根を持つ地上にはついに届かぬままでいる根を
破裂音ってレモンみたいでさびしい。passengers, departures, attention please leave me now
夜ひとり油を
おそろしい夢が飛び立たないように夜の鎖骨の錠前の錆
掌のなかの小鳥のような追憶がふいに震えても殺さぬように
アの音で終わる花の名唱えては息を吸う ほのびかりする息
そうともあれは星座ではなく暗がりに見下ろしていた鍋の銀色
日記帳千年分を灰にして吐きだす息がこんなに白い
銃、外貨、ポルノグラフィー、書籍、種子 感染したのちの長い生
夜に雪降らせるようにひとつずつ装飾品を外してゆけば
くりかえし死ぬ狼の疾走を硝子をへだて雨などと呼ぶ
死んでのち行く場所のこと まだ何の証も持たぬ
足首をガラスのように曇らせて歩きつづけた三月の足
数分で降りやんだ雨 忘れてた、ではなくこれは悲しかっただ
水中に揺れる手指のかげ淡くこれは渡りの獣のかたち
Sakura, sakura ……異国語として歌うときk音ほのかに燐光を帯び
炎からケトルをおろす瞬間に文鳥ほどの羽ばたきを聞く
生きものは重たいにおい。雨の夜に捲り続けるグレッグ・イーガン
おそろしい男達の名もつけられて薔薇の季節は初夏または秋
生きるほど人は木霊になってゆくあの人もあのひとももういないでしょう
パスポート開いたままで押し出して許されるまでの霧の湖
かさかさと花殻ばかり積もらせるこの掌はどなたの棺でしょうか
光へと指紋をひたしながら待ついつか遺跡に変わる空港
鳥たちの軌道は言葉から生まれスノーボールの雪がやまない
冠になるはずだったクローバーは絡まったまま鎖になった
春の夜に振る薬包紙のみほせば花ざかりというこの副作用
産まれたときから火はもうずっと火のかたち君に見えないこの火のかたち
人体の服従としてくりかえし立ち止まらせてはくぐらせる門
心に 誰も座らぬ椅子があり冬の陽射しのように明るい
根腐れの土の重さの四肢を引き摺りながら行く次の朝まで