断崖に吹きくる風の言語ゆゑただしき話者をもたぬゲイル語
音楽の三分類に子守唄と悲歌とぞありぬ白霧つめたし
冬の雨ほそくほそく降り根菜は同族同士擦りて洗へ
Siuilとは「行け」とふ意味やたましひの歯の隙間より漏れいづるごと
人体に洞などありてバウロンの低き打音に水面を揺らす
カナ振れるペンとはつまり簒奪か二重母音とふ
訳されてはじめて吾と目を合はすペチコート血に染めたる娘
朝もやに濡れて冷たき銀いろの鈴の音ひとつふるへて離りぬ
こひびとを喪ふうたのあらかじめ喪ふことをしつてたやうな
つぎつぎに芽を抉られて掌のまろきじゃが芋しろく黙せり
Siuil a ruin. 青草踏めば青草のにほひの真水弾けては消ゆ
追憶の・鎮魂の・死者の・人生の・定型はみな生者の仕草
でもヒトは死ぬまで呼吸するのだからリフレインとは安易な叙情
まして戦死者ならば真白な羽であらうどの海鳥も魂の比喩
頬の肉激しく揺らし喰らふべし香草、肉塊、子音に母音
ぐわぐわと水を煮る鍋見下ろせばひとり丘にぞ立ちたる心地
理解とはひび割れのこと見せ消ちのサイレンたかく曇天に鳴る
うたふとき口腔暗く光りたりどんな死者にも翼など無い
角笛のやうに逆光射しくればどの人影も羊となりぬ
民草とふ言葉もありてそよぐのは草の心臓、もがける腕
差し出せば両のてのひら湿らせる死者の名前のごとく流水
旋律は息の痕跡 丘陵に昼間も真夜も草は砕けつ
パセリ・セージ……大義を持たぬ戦争の副旋律ゆゑうたはなほ美し
汲み上げては回る水車のからくりが吾にしづかな息吐かせたり
聞けといふ呪ひのためにいまはもう金属製の木管楽器
注ぐほどに歌のことばは軽くなる洗ひざらしの木綿のやうに
旧仮名はいまだ知らざる発音の美しき日本の柳の青葉
死者の土とかつて詩人の譬へたる芋の真白へ黄金のバターを
うつくしき仕掛け絵本を閉じるごとハープの弦のふるへに触れつ
『歌壇』2019年2月号掲載
※本連作の歌について、日本アイルランド協会会報第106号(2020年8月)巻頭エッセイで佐藤亨教授に引用いただきました。有難うございます。