草の心臓

2019年2月15日金曜日

tanka written-language

断崖に吹きくる風の言語ゆゑただしき話者をもたぬゲイル語


五月の女王メイクイーン枯野のごとくなだらかな表皮纏ひて暗がりに立つ


音楽の三分類に子守唄と悲歌とぞありぬ白霧つめたし


冬の雨ほそくほそく降り根菜は同族同士擦りて洗へ


Siuilとは「行け」とふ意味やたましひの歯の隙間より漏れいづるごと


人体に洞などありてバウロンの低き打音に水面を揺らす


カナ振れるペンとはつまり簒奪か二重母音とふ外国とつくにありて


訳されてはじめて吾と目を合はすペチコート血に染めたる娘


朝もやに濡れて冷たき銀いろの鈴の音ひとつふるへて離りぬ


こひびとを喪ふうたのあらかじめ喪ふことをしつてたやうな


つぎつぎに芽を抉られて掌のまろきじゃが芋しろく黙せり


Siuil a ruin. 青草踏めば青草のにほひの真水弾けては消ゆ


追憶の・鎮魂の・死者の・人生の・定型はみな生者の仕草


でもヒトは死ぬまで呼吸するのだからリフレインとは安易な叙情


まして戦死者ならば真白な羽であらうどの海鳥も魂の比喩


頬の肉激しく揺らし喰らふべし香草、肉塊、子音に母音


ぐわぐわと水を煮る鍋見下ろせばひとり丘にぞ立ちたる心地


理解とはひび割れのこと見せ消ちのサイレンたかく曇天に鳴る


うたふとき口腔暗く光りたりどんな死者にも翼など無い


角笛のやうに逆光射しくればどの人影も羊となりぬ


民草とふ言葉もありてそよぐのは草の心臓、もがける腕


差し出せば両のてのひら湿らせる死者の名前のごとく流水


旋律は息の痕跡 丘陵に昼間も真夜も草は砕けつ


パセリ・セージ……大義を持たぬ戦争の副旋律ゆゑうたはなほ美し

 

汲み上げては回る水車のからくりが吾にしづかな息吐かせたり


聞けといふ呪ひのためにいまはもう金属製の木管楽器


注ぐほどに歌のことばは軽くなる洗ひざらしの木綿のやうに


旧仮名はいまだ知らざる発音の美しき日本の柳の青葉 


死者の土とかつて詩人の譬へたる芋の真白へ黄金のバターを


うつくしき仕掛け絵本を閉じるごとハープの弦のふるへに触れつ


『歌壇』2019年2月号掲載


※本連作の歌について、日本アイルランド協会会報第106号(2020年8月)巻頭エッセイで佐藤亨教授に引用いただきました。有難うございます。