(ZABADAK「五つの橋」に)
蹄より砂まきあげて駒はゆく(ほんたうはみな陽炎なのに)
調弦を終へてつまびく右の手は見送るやうに弧を描きたり
行かうかとわたしを肩に乗せながらおまへはいつも深く息を吐く
旅立ちはいつだつて夜落とさるる錠前の音も冷えゐる頃に
うつくしきをんなのやうに抱かれて無言のままに越えおはる川
弦巻に耳を寄すれば軋む弦この街の
博愛のことば説きつつ地表まで決して届かぬ天使の梯子
どこからが空の青さかわからない川のあをさを
くさはらをこえくにざかいをまたこえてそのさきにあるくさはらこえて
密入国のため渡さるる金貨のみ行ける楽土のいづこにありや
並足のリズムつま弾く指先に揺らされ酔ひは深むるばかり
「ふるさと」は無粋なる語と嫌はれて祭の夜は華やかなりき
速弾きで負けしをとこに奢らるる温きエールのごときわびしさ
でもうたは
今生のわかれを告げしこひびととすれ違ひてもわからぬ夜市
*
五つの橋、五つの丘を夢は巡り(いくつおまへはいくさを見たの)
*
音楽をかき鳴らすたび欠けてゆく繊月、初月、闇夜へ放る
再会を祈る言葉であつたこと人混みのなか思ひ出したり
太陽は日ごと昇れど明け方のおまへの肩の冷えてゐたこと
雨上がり
はるのうた はるかなくにもふるさとも歌のなかではみな花のなか
ほどかるる花かんむりの色褪せて愛は所属の言葉ではない
どうしても思ひだせずに(砂が降る)ギヤロツプばかり響かせてゐた
はらはらと拍手散りかふ宵闇にまだ残つてる巻き毛とつむじ
ひとつずつ橋を渡つて辿りつくあけがた そこにおまへはいない
砂混じりの風吹きつけて国境は赤く錆びだす金属の弦
*
もういちどおまへの歌が聴きたいと夢の浅瀬に跳ね上がるみづ
ほろほろと陽射しは崩れ硝子戸の奥のだあれも目覚めはしない
https://www.youtube.com/embed/cr8QedKpRng
初出・2016年5月頒布同人誌「There's a vison - A Tribute to ZABADAK-」(冬青・編)(一部旧かな遣いの誤りを修正。また私家版歌集『ヴァーチャル・リアリティー・ボックス』には同連作の歌の差し替えを含めた版を収録)