セラフィールドの人魚

2014年10月30日木曜日

fiction

 こう風が強いと、屋根の下にいても嫌な気分になるもんだな。もう一杯くれないか。

 本当はこの時期、船を出せばニシンはうなるほど獲れるんだ。灰色の海に広げた網を投げれば銀色のニシン達が窓を叩く雨粒みたいに、一斉に飛び込んでくる。ガキにだって出来らあな。

 なあ。お前にだけはこっそり教えてやるが、俺が思うにこの嵐は、ただの嵐じゃねえのよ。

 あれは三日前の夜のこと、俺があそこの崖下をひょいと覗き込むと、砂浜に人魚の奴らがびしょびしょの毛皮を腕にまいて何人も何人も、こっちをじっと見上げてた。まだらに黒ずんだ顔がランプに照らされて、毒が来たぞお、と言うのさ。

 セラフィールドの毒が水底から上がってきたぞお。

 ああ、重なる声が洞窟みたいに響いてな。きっとあいつらのせいだ。言葉の意味なんてさっぱり分からねえが、あんな恐ろしいもんは初めてだったよ。


 なあもう一杯くれないか、この寒さは骨に来るね。

 馬鹿野郎、ツケなんて全部払ってやるさ。船さえ出せばこれっぽっちの金、すぐに払えるんだ。

 嵐さえ止めば、俺は踊りながら船を出すだろうよ。本当に、今は銀色のニシンが恐ろしいほど獲れるんだ。

 あいつらは竜巻みたいに海を行くから、網の中へみんな、一斉に飛び込むんだ。


(初出・「コトリの宮殿 」19号 超短編・アイリッシュパブのほら話